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ヨコハマ想い


「子頃『こころ』」
美術家 森村 泰昌氏

profile
1951年、大阪市生まれ。1985年、ゴッホの自画像に扮したセルフポートレイト写真を発表。自画像的作品をテーマに、美術史上の名画や、映画女優、偉人たちに扮した写真や映像作品を制作している。2006年度京都府文化賞・功労賞、2007年度芸術選奨文部科学大臣賞、2011年に毎日芸術賞、日本写真協会賞・作家賞、京都美術文化賞の各賞受賞。同年、紫綬褒章を受章。

僕の作った文字ですが、「子ども」と「頃」と書いて「こころ」と読みます。
遠い過去の自分とか、新鮮な何かに出会った時の驚きとか。
そういう頃、見ていた風景とか…そういうもののこと。
いつまでも、そんな気持ちを忘れないようにしたいものです。

 子どもの頃から、お手本があるものは、だいたい苦手でした。音楽、習字、勉強など。決められたものが多い中で、絵は比較的自由でしたので、遊びですけれど、よく描いていました。
 クラブ活動などは何もやらずに育ち、高校で初めて美術クラブに入り油絵をやりました。油絵って、ちょっと大人びた匂いがして、魅力的に感じたのですね。
 ところが、仲間と一緒に、風景画などを描いていくうちに、自分が描く絵が、18世紀や19世紀、つまりゴッホの時代の人たちが描く古い絵と一緒だと気が付いてしまったのです。「今の時代の表現って何だろう?」と迷い、悩み始めましたが、周りにはそんなこと考える高校生は誰もいなかったので、さまざまな美術誌などを読みあさり、一人で芸術の世界を模索していました。
 高校を卒業し、美大を目指して浪人の時。1970年。その年は、大阪、そして日本中がお祭り騒ぎの大阪万博の年でした。未来、発展をイメージするお祭りに一種のカルチャーショックは受けましたが、一方で人間の心理や、社会の影、リアリティーなどを追求していく、アンダーグラウンドな演劇などにも惹かれていく自分もいました。迷いに迷いながら、より抽象的なもの、ラジカルなものに惹かれていったのも、この時期でした。
 実際、大学に入ったものの、そこにいる自分にも迷い続けておりました。文学にも興味があったので、文学に進むか、絵と文章の融合を表現する絵本作家を目指したいと思ったこともありました。いずれにせよ、今に至るまで、いろんな試みをしながらの、迷い迷いの人生です。

 芸術家として、迷いが晴れたと思ったのは、1985年、肖像ゴッホというセルフポートレイト写真の作品を作った時でしょう。発表をしたのは、京都の小さな貸画廊のグループ展。自分自身がゴッホに扮し、自画像となった作品は、人の評価とは別に、自分として大きな手応えがありました。
 何をやってもうまくいかない自分。何に向いているのか、どうすればよいのか。これでもない、あれでもないと試みている自分。迷いに迷っていろいろなものになるのが自分自身であるならば、ゴッホでもあり、映画女優でもあり、歴史的偉人にもなる。そう、自画像的作品をテーマに表現する手法を編み出したわけです。
 ある時までは芸術としてなかなか評価をされず、何かに応募しても落選、落選、落選ばかり。受賞という言葉から、程遠いところにいたわけですが、2006年、京都府文化賞を受賞した後から、突然賞をいただくようになりました。世の中というのは、そんなものかもしれません。

 横浜美術館で、1996年と2007年に大きな個展をやらせていただきました。実は、2回同じ美術館で個展をするというのはなかなか珍しいのですが、冗談半分で「2度あることは3度あるかも」と言っていたところ、ヨコハマトリエンナーレ2014のアーティスティック・ディレクターとして、お声がかかったので驚きました。たぶん他の街から依頼を受けてもお断りしていましたが、「おもしろいことをやるのでは」という直感のようなもので僕が選ばれたのだろうと、嬉しく思ったことと、横浜とのご縁を大事にしたいという気持ちもあり、3度目のご縁をお引き受けすることにしました。
 また、現在、芸術家としても、創作活動は行っています。6月28日からロシアのサンクトペテルブルク(昔のレニングラード)で開催されている国際的な美術展、マニフェスタ10に出展しています。開催の中心であるエルミタージュ美術館は歴史的に悲運な足跡を残す美術館。戦争によって一時、作品がなくなって額だけになってしまった美術館(僕は消滅美術館と呼んでいますが)であり、その忘却にある「消滅した世界」を表現しています。
 まさに、今回のトリエンナーレのテーマである「忘却」ともつながっています。
 ヨコハマトリエンナーレ2014は8月1日から始まります。芸術を食わず嫌いにならないように、次世代を担う子どもたちにも興味を持ってもらえるような仕掛けも作っています。まるで小説のページを開いていくように、素晴らしい芸術の世界を楽しんでほしいですね。


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