ヨコハマ想い
「十人十色」
フリーアナウンサー・女優 八木 亜希子さん
profile
1965年静岡県生まれ、横浜育ち。1988年フジテレビに入社、「めざましテレビ」「明石家サンタ」などの番組を担当。2000年3月に退社、フリーに。タレント・女優としても活動。映画「みんなのいえ」でアカデミー賞新人俳優賞受賞。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」出演。2012年からかながわ観光親善大使。現在、テレビ朝日「聞きにくいことを聞く」、ニッポン放送「八木亜希子LOVE&MELODY」に出演中。
小学校6年生の時、横浜市港北区に引っ越してきました。それまでは川崎市の小学校に通っていたんですが、古風な風潮で。先生が勧めない限り、基本、男の子女の子別々に遊び、別々に帰る。それが当たり前だと思っていました。横浜市の小学校に転校してみたら、男女一緒に遊ぶどころか他のクラスの人気のある男子を追いかけて誕生日プレゼントを渡したり、積極的な子が多くてカルチャーショックを受けました。これって横浜の土地柄なのでしょうか(笑)。ものすごく印象深くて面白かったです。
中・高時代は女子校だったので、残念ながらそういうことには縁がなく…とにかく通学が大変だったんです。当時、桜木町駅からスクールバスが出ていたのですが、乗り遅れると石川町駅からフェリス坂という階段を上らないといけない。家は港北区の高台にあったので、下って上る毎日。行きは170段の階段を下り、200段の階段を上る。帰りはその逆。今思えばそれで足腰が鍛えられたんだなぁ、と思います。あまり大変ではない英語部に所属し、さっさと帰っていました(笑)。そうはいっても遊びたい盛りでしたので、友達と帰りに寄り道しようとして、先生に「あなたたち、そっちは帰る道と違うんじゃないの」なんて叱られたり。通っている時はまったく意識しませんでしたが、まわりには外人墓地や港の見える丘公園がある、いわゆるヨコハマ港町。情緒豊かで素敵な環境の中にいたんだな、と思います。
同じ大学に進学した同級生3人でサークル見学をしました。アナウンス研究会、ミュージカル研究会、私は映画を作りたくて映画サークル。結局、ミュージカル研究会に入部しました。年に2回、オリジナル作品を発表、歌も踊りも全部オリジナルで作るんです。発声や体を動かす準備、ダンスの基礎など、結構きちんと活動していました。卒業旅行はサークルのみんなでニューヨークのブロードウェーに行って、「コーラスライン」などを観ました。
大学では心理学を専攻しました。エンターテインメントやマーケティングに興味があったので、就職活動はレジャー施設やテレビ局の制作、リサーチ会社などの資料を集めました。当時アナウンサー試験は時期が早く、面接の練習、と思って受験。アナウンスの仕事に明確なイメージがなかったのですが、受けるからにはと準備をしていく中でアナウンサーをやってみたい、という気持ちが湧いてきたんだと思います。「最初に内定が出たところに就職しよう」と決めていて、それがフジテレビのアナウンサーでした。今思うと、心理学とアナウンサーは、「聞く」という意味で共通点がありました。
最初は戸惑いの連続で…。アナウンサーの仕事には、ニュース以外にバラエティーやコント、芝居のような番組もあって驚きました。「こんなにいろいろな仕事があるんだ」と。12年くらい勤めてきて、「このままでいいのかな」と思った時、少しゆっくりしたい、と退社を決意しました。
退社後、結婚、海外生活を経て、現在は映画やドラマ、ラジオのパーソナリティーなど、仕事の幅が広がりました。今は目の前にあるハードルを越えることで精いっぱい。ダメだったらそれで終わるし、何でもやってみよう、垣根を作らないことも大事だなと思いました。4月から始まるドラマ「昼のセント酒」(4月9日~ テレビ東京)では、主人公の戸次重幸さんを叱る役なのですが、プロデューサーに「叱る、と言ったら八木さんを思い出しました」と言われました。よっぽど私に叱られたイメージがあるのでしょう(笑)。今あることを楽しむことが一番で、仕事を一つ一つ楽しくやらせていただいています。
とはいえ、落ち込んだり、人と比べたり、ブルーになることも。そんな時に思い出す言葉は「十人十色」。自分の良さを見つけること、自分の色を見つけていくことが大事、と先輩に教えていただきましたし、後輩にも伝えてきた言葉です。幸せも人それぞれですから。